選んだものは「寒すぎる」 事務所を出てからまだ5分と歩いていないのに、口から出るのは同じ言葉の繰り返し。 傘に積もった雪が滑り落ちてはサンダルから見える素足に落ち、その度に引き返したくなる衝動に駆られた。 (何でサンダルなんて履いてるんだ僕は) 雪の中サンダルで歩くなんて恐らく今は自分だけだろう。 しかし習慣とは恐ろしい物で、靴を履いて出るという行動を身体はスルーした。 普段の生活にもよるが、サンダルが一番動きやすく玄関には今履いている一足しか出ていない。 ならばそれを履いてしまうのは当然―――と、言い訳するのも虚しく、はぁっと白い息を吐き出した。 寒い。 寒い。 寒い。 引き返してしまおうか。 ぐるぐると頭の中を言葉が巡る。 それでも足はゆっくりと、だが確実に前に進んでいく。 考えと行動が一致しないなんとも不思議な現象に、ふと思い出すのは懐かしき恩師の言葉。 (今日は何かと思い出す事が多いな) 過去を振り返る歳でも無い、と思いたい。 なんだかんだ言って33歳はまだ若いだろと微かな見栄を張る。 「おじさんだから」と誤魔化すくせに、都合が悪くなるとすぐこれだ。 (だって、その方が上手く事を運びやすいんだ) 結局自分に甘い結論を出し、サクリと真新しい雪の上にサンダルの跡を付けた。 寒いのに。 (雪だぞ、雪) 引き返そうかと思うのに。 (サンダルって無謀すぎだろ) それでも前に進むのは―――― 「成歩堂さん!?」 「――やぁ、オドロキくん」 「ちょ、何でここに・・ってか、その格好、バカですか!?」 「あはは、せっかく迎えに来たのにバカって言われちゃったよ」 「いやいやいや、笑ってる場合じゃないし!何でサンダル!?霜焼けになりますよ!?」 「下手すりゃ凍傷かなぁ」 「判ってるなら何で・・・・っ・・・」 あぁもう!と、頭をガシっと掻いたオドロキくんに手を引かれ、来た道を引き返していく。 さっきまであんなに引き返す事を拒んだ身体が、今はこんなに簡単に従う事に笑みが浮かんだ。 繋がれた手は冷たくて、雪の降る外の世界の寒さを思い知らされる。 かろうじてコートは着ているものの、覗く首筋が寒そうに薄っすらと赤みを帯びていた。 (オデコも寒そうだけどね) 言ったら怒られそうだからそれは言わない事にして。 ズンズン歩くオドロキくんの首に、懐から出したマフラーをふわりとかけた。 雪と同じ真っ白なそれは随分子供っぽく、それを過去の自分がしてたのかと思うと複雑な気分だ。 けれどそんなの気にならないくらいに愛着があったものだし防寒機能はバッチリで、 年齢より幼く見えるオドロキくんにはお世辞抜きでとてもよく似合っていた。 「え、何・・」 「使ってよ」 寒いでしょと首を指差せば、一瞬目を瞠った後面白いぐらいにうろたえてくれた。 「成歩堂さんの方が寒そうじゃないですか!」 「僕はフードあるから首寒くないし」 「や、首っていうか全体的に・・」 「まぁまぁ、僕は風邪引いても日常に影響無いしね。ほら、キミに風邪引かれると家計に関わってくるからさぁ」 「ちょ、異議あり!」 「却下します」 「はやっ!」 「あはは。ほら、寒いから早く帰るよ」 まだ何も言ってないのに!と喚くオドロキくんの手を、今度は僕が引っ張って歩き出した。 『身体は頭より心に反応して動くと思わない?成歩堂くん』 (寒さよりも僕の心はキミを選んでいたらしい) 続きの小話。 寒いとちょっと素直になる気がする。 |